不登校・ひきこもり改善カウンセリング

 

 学校という世界、社会という世界、

そこから一歩身を引いて見ています。

「行かない」ではなく「行けない」とよく言われますが、

なぜ、行けないのだろうか。

本人もわかっていないこともあります。

親は、いろいろと声を掛け、社会へ出ていくように促す。

しかし、本人には、それができません。

できないばかりでなく、

説得に強く反応し行動に出ることがあります。

ならば、他の人に親子の中に入ってもらうことが重要なります。

 

カウンセリングというと、大げさに聞こえるかもしれませんが、

決してそんなことはありません。

カウンセリングは今では身近なものです。

 

ちょっとした重さでも、カウンセリングにかかる人もいます。

病気ではなく、しかし大きな悩みを抱え込んでいる人たちは多くいます。

そんな方たちは病院ではなく、カウンセリングを選択し、

心を軽くし、また自分の足で歩いていきます。

 

不登校・ひきこもりも同じように考えてみませんか。

まずは、疲れ切っているご家族の心を癒し、軽くします。

言葉に出すだけで心が軽くなることはたくさんあります。

 

そして、子どものことを考えます。

私は自分の経験から彼らを見ることができます。

彼らとコミュニケーションをとることを第一と考えています。

そのためにも、ためらわずにカウンセリングという身近なものに

心を開いてみませんか。何かが変わります。

親御さん達、子ども達、

皆さんの声を聞かせてください。

 


 

「学校へ行かない」ということ

 

我慢をして、いい子を演じることに疲れを感じ、身体にいろいろな症状が出てきます。

「おなかがいた」「頭が痛い」

「気分が悪い」いろいろな症状が子ども達を襲います。

 

そこから不登校が始まるかもしれません。これまでの無理が身体を通して、あふれ出てきます。

 

決して無理をせず。身体をゆっくりと休めましょう。

まずはそこから始めましょう。

少しずつほんの少しでもいいので親子コミュニケーションを

取り始めましょう。

 子ども達が持っている

本当の心を聞いてみましょう。

 

「カウンセリング」ということ

 

セレ・カウンセリング・ルームでは丁寧な傾聴をもとにカウンセリングを進めていきます。

まず、お母さんのお話をお伺いし、お母さんのケアをします。

 

その後、お子さんの話をじっくりとお伺いします。これまでのこと、これからのことをお聞かせください。たくさんの心配事があると思います。

 

カウンセリングの最終的な目標は、不登校・ひきこもりのお子さんと直接を話をし、心にあるものを見せていただき、コミュニケーションの中から、不登校・ひきこもりのお子さんの各々異なる状態に対して解決方法を見出していきます。

 

 

「社会にでない」ということ

 

ちょっとしたことでも、本人にとっては重大な出来事。

そんなことがきっかけで、社会と距離をとってしまうことがあります。

 

ひきこもりとは何でしょうか。

真剣に自分のこと、社会のことを考え、その結果出てきた答えなのかもしれません。

 

私も経験があります。仕事でどうしても身体と心が言うことを聞いてくれないということ、終わりのない悩みに苦しんできたこと。社会に出ることができないことは、本人にとっての心からの叫びの結果だと思っています。その声を耳を傾けることで何かが見えてきます。



子どもが元気になるかが問題

 まず考えてほしいことは、不登校やひきこもりという行為は、必ずある種のメッセージを含んでいる言うことです。本人が何かを訴えようとしているものとして、周囲は理解する必要があります。一概に「困った現象」として、頭ごなしに否定したり叱ったりするのではなく、とりあえずメッセージとして理解することが必要だと思います。

 

  何かを訴えているに違いないと考えながらしばらく付き合っていくと、本当に本人が言いたいことが見えてきたり、解決の糸口が見えてきたりすることがあり得ます。その意味で、問題を一つのメッセージとしてとらえるということは、本人の気持ちに近づきやすくするという意味からも有意義なことだと思います。

 

  それでは何が問題か。「どうすれば、子どもが元気になるか」こそが問題だと思います。つまり、治療や支援の目標は「元気」ということです。あっけないほど単純な目標設定です。しかし、これは意外と見落とされがちな問題です。

 

  ひきこもりで言えば、「どうすれば本人を、早く確実に社会参加させられるか」という点ばかり焦点が当たってしまうような状態です。そちらに注目しすぎると「どうすればほんにんがよりくつろぐことができて、最終的に元気になれるか」という問題が無視されてしまうことです。

 

  不登校に関して「元気」を考えるなら、とりあえず休養が必要です。いろいろな無理を重ねてくたびれきって不登校になっている子どもが多いわけですから、とにかくいったん休ませる。いったん休ませたら過ぎにどうするか。もう少し休ませたほうがいい子もいれば、転校するのが向いている子どももいます。

 

 

 あるいは、通信制や定時制、フリースクールやホームスクールといった、別の選択で元気になれる子どももいます。集団生活がどうしても難しければ、高等学校卒業程度認定試験を受けて、上の学校を目指すという方法もあります。ここで忘れてはいけないもう一つの選択肢がもとの学校に再登校することで、元気になる子どももいるということです。

 

  いきなり「再登校是か非か」のみを問うのではなく、様々な方向の検討をして、その子どもに何が向いているのかということを、時間をかけて、よく吟味する必要があります。そういった吟味をするためには、とにかく十分にかかわる必要があります。

 

 不登校で困っている子どもに対しては、しばしばこちらも予備知識を捨て、ある程度白紙の状態で深くかかわっていく必要があると思います。深く関わればかかわるほど、だんだんその子どもの本来の問題の方に焦点が移っていって、不登校問題というのは全体のごく一部でしかなかったということに気づかされることもあります。そうなってくると、不登校というレッテルはどうでもよくなることがあります。

 

  そういうこともあるので、「不登校を何とかしなくちゃ」と思いながら関わるよりは、「どうすれば元気になるか」という問題意識をしっかり持って関わることが実りが多いと思います。

今の対応が合っているか、適切かどうかということは、その子どもがより良い方向に向かっているか、より元気がなくなる状態に向かっているかをその都度見ながら判断してゆけば、そんなに大きく間違った方にはいかないと思います。